Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

シャカ604


数学概念としてのゼロと,記号としてのゼロ(0)とは切り離して考える必要があります.

概念としてのゼロはインド人の数学者ブラフマグプタによるものが最も古いものです.(詳しくは林隆夫『インドの数学』中公新書を参照.)

記号としてのゼロについてもインド起源です.

それについて,最近,インド学のメーリスで,記事があげられていました.

http://www.maa.org/press/periodicals/convergence/mathematical-treasure-the-cambodian-zero

要するに,インド文化圏であったカンボジアのクメール碑文が初出になるとのこと.(林1993でも挙げられています.)

記事の碑文写真にある

クメール歴605 (西暦683).

が,ゼロ記号の初出になります.

さらに,これにたいして,フランス極東学院ポンディシェリ校所長のDominic氏がメーリスでコメント.

2009年に出たカンボジアのフランス極東学院のDominique Soutif博士の博論で,この碑文については論じられていて,正しくは,

シャカ暦604, 西暦 682/683

となるとのこと.

つまり,5と思っていたのは4だということです.

碑文の文字・記号を正しく読むというのは,やはり,難しいものです.




ちなみに,インド学には,DominicもDominikもDominiqueもいるので要注意です.(私は三人とも会ったことがあります.DominicはよくDominikと間違えられていたそうです.インド学のメーリスの主催者のほうがDominik.)

日本では,さらに上をいって,インド学仏教学会には「高橋明」さんが二人います.(ヒンディー語もサンスクリット語もできて幅が広いなー,と思っていたら,別人物,というわけです.)

ちなみに,インド仏教学では,S. Moriyama氏が二人いらしゃって,英語だけだと区別がつかない上に,分野も近いです.(日本語だと容易に区別がつくのですが.森山と護山なので.)

さらにちなみに,本邦のインド学では,顔が似ている人もいるので要注意です.(文献を真面目に読んでいる学者というのは,なぜか見た目が似てくるものなのでしょう.)

学会に来た後輩が他大学のA先生に「B先生,お久しぶりです」と挨拶しているのを見たことがあります.
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  1. 2017/06/22(木) 19:33:52|
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