Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

音による写本のコピー

昔はどのように写本をコピーしていたのでしょうか.

たまに,「音で聞き取っていたのではないか」と思わせる間違いがあります.

文字の形が全く違うが,音が近い間違いがあるからです.

書き写し間違いならぬ,聞き間違いということです.

となると,一人のscribeがAからBへというように書き写していたのではなく,A写本をX氏が読み上げ,隣でY氏がそれを写していったという図が浮かんできます.

通常多いのは,似た文字の間違いですから,一人でやっている図が浮かびますが,中には,二人組になって音で写していたというケースもあったのでしょう.

今回のケースでは,ekāvagatiが,egāvagatiになっていました.

さすがに,文字ならば,kaとgaを取り違えることはないはずです.

だとすると,一行スキップしたり,あるいは,ちょっとアイスキップしたりするのも,scribeのY氏のせいではなく,読み上げるX氏の間違いで,それを無批判に聞いていたY氏がそのまま写し,あとからX氏が「あ,間違いだった」で,Y氏が書いたところをキャンセルする,というような図も浮かんできます.

二人組の場合,X氏による読み取り・読み上げと,Y氏による聞き取り・書き写しで,間違いの可能性が二倍以上になりますし,また,二人がともに優秀であるという可能性は低く,X氏の手下がYか,あるいは,Y氏の手下がXか,という可能性も大いにあるでしょうから,劣った側による間違い混入の可能性はさらに増えると想定されます.

馬鹿な間違いのおかげで,写本の系統が分かったりしますので,間違いは間違いで有益なのですが,しかし,間違いの多い写本を相手にしていると,記録仕事が一個増えるので,「いい加減にしてくれ」と思います.

まあ,彼らも暑い無風の部屋で作業をしていたのでしょうから,集中が切れて間違っても当然ですが.
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  1. 2017/07/12(水) 07:36:13|
  2. 未分類

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