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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

校訂作業に必要なもの

テクストによってまちまちなので一般化するのは難しいですが,おおよその共通項というものを述べるとすれば,写本からの校訂作業は,次のような手順から構成されます.

1.写本の所在調べ
2.写本複写蒐集の旅
3.テクスト入力と写本からの機械的な異読拾い
4.どの読みがいいかの校勘作業・並べ替え
5.引用・パラレル・クロスリファレンス
6.整形
7.イントロ

1.まずは,どこに写本があるのかを調べないといけません.昨今は,ネットでカタログも落ちているので,この作業はかなり楽になりました.場合によっては,ネットに写本が落ちていたりしますから,2を飛ばせたりもしますが,私の分野では,まだ,そういうことはないです.オックスフォードのボードレイアン図書館に行くと,このカタログが完璧にそろっていて,非常に作業が楽ちんです.日本だと,あちこちのカタログなど,てんで揃っていませんから,苦労します.ともあれ,インド写本の場合は,マドラスから出たカタログのカタログであたりを付けて,それから,個別の図書館に移ります.あるいは,大概,所蔵するメジャー図書館というのは決まってますから,そういうメジャー所のカタログから調べます.あるいは,もっと効率的には,写本複写が可能な図書館のカタログから調べます.複写困難な図書館のカタログをいくら調べても,結局取れないのですから,空しいだけです.

2.写本複写旅行.これが一番時間がかかりますし,お金もエネルギーもかかります.この苦労は途方もないものです.校訂作業に使える複数写本を一通り集めるのに膨大な時間と労力がかかります.もちろん,写本系統が遠いに越したことはないので,一カ所というわけではなく,複数が理想的です.ニヤマンのように,カシミールとケーララと,離れているのは非常にラッキーな場合.北も行けば南も行く,というように,あちこち行く必要があります.あるいは,人づてに貰うこともあります.親切な友人に感謝.お互い様ですから,自分も集めていることは,やはり,重要.

3.集めてきた写本コピーから,実際の校訂作業に入ります.まずは,良さげなデーヴァナーガリー写本のテクストを入力.そこから次に別の写本の異読を入力.4の作業も若干含めつつ,異読を記録していきます.マラヤーラムなど,読むのに時間がかかる難しい写本は,後のほうに回します.異読を記録する作業というのは,多くの場合,間違いを記録することでもありますから,とにかく退屈です.一日に何時間も作業できるようなものではありません.ウィーンのプロジェクトでは,この厳しい作業を雇った研究員にやらせていましたが,みなさん,つらそうでした.恐ろしく退屈で恐ろしく時間がかかり,しかも,恐ろしく目に悪いです.一日8時間とかは絶対に無理です.毎日,少しずつしかできません.目がしょぼしょぼします.ストレスも∞.こんな日にカレー屋に行くと,店員への態度がぞんざいになったりします.この作業をしているときは,極端に気が短くなり,常にいらいらしています.しかも,非常に細かい作業が要求されます.しかし,中には面白い異読が見つかったりして,「おー」となりますから,この作業はあなどれません.

4.集めた異読を見比べながら,どれがベストかを採用.校勘作業.これは頭を使うので非常に楽しい作業です.3の無機質な作業が報われる瞬間です.何時間でもできます.

5.uktamやniraak.rtam,vak.syatiなど,クロスリファレンスがあったり,あるいは,yad aahaなど,引用があったりすれば,参照箇所・出典をいちいち調べます.また,参考になりそうな文がグレップでヒットすれば,それも必要ならば付けておきます.どこまでやるかは,時間のかけよう,こだわり次第です.凝りようによっては,いくらでもつけることができます.引用した先の文が,これまた,テクストが悪かったりすることがインド哲学文献では多いので,引用した先の文献の写本もチェックすることもあります.

6.句読点というか,コンマとダンダを適切な位置に打って,読み易くします.私の場合は,引用符"”を付けたほうがいいと思えば,つけます.(オリジナル写本にはない習慣なので,それを付けないという人もいます.) また,パラグラフ分けもします.要するに整形作業です.

7.英語でイントロをつけます.引用文献のビブリオなども.

総合格闘技ではありませんが,色々な能力が必要とされます.

写本調査旅行は,インド旅行ですから,まずここで,高いハードル.

スパイスが苦手な胃腸の弱い人には無理です.体力勝負.

蒐集写本のフォリオ枚数は,汗の量に比例します.

無風の図書館の暑いこと.じとっと汗をかきながらの撮影作業.

いっぽう,異読を拾う作業は,一転して,オタクの世界.じっと引きこもってやらないといけません.マラヤーラム写本などと格闘しようものなら,一週間二週間はすぐに潰れます.

体力のある,メンタルの強い,引きこもり.

これがインド系写本のテクスト校訂に求められる能力と言えばいいでしょうか.

やる人が少ないのも当然です.

私が学部・修士で日本にいた頃,ダルシャナで写本からの校訂をやっている人など,私の周囲には誰もいませんでした.(遠く,九州の針貝先生くらいでした.)

あちこちにいるダルシャナの先生方や先輩方もしかり.(九大の大前さん,佐賀医科大の針貝先生は例外.)

オックスフォードから帰ってきて博論をまとめたときは,校訂も含めましたが,ドミニクやハルに習いながらの見よう見まねでした.

フォーマットは,フローニンゲンのスカンダプラーナ・プロジェクトのデーヴァナーガリーテクストです.

基本,ドミニクと同じフォーマットです.

シャバラやクマーリラの時は,おもに,デーヴァナーガリー写本.

インド留学中は,テルグも少し作業したことがあります.

東文研時代から,ニヤマンの校訂に.

そこで,シャーラダー,マラヤーラム(あるいはグランタ)に親しむことに.

いまは,ダルシャナでも,写本を扱うことは,私より下の世代では一般的になってきています.

ダルシャナで,ぱっと思いつくだけでも,小野,藤井,志田,加藤,川尻.

「哲学」している石村ですら,写本をかじっています.(桂先生まで写本を扱うようになったのには驚きました.)

私の学生も,別に強制はしていませんが,佐藤,須藤が写本を扱っています.

現代の研究水準が,そこまで要求しているので,仕方ありません.

時代は変わるものです.

テクストを扱う以上,まあ,写本をチェックするのは,当然と言えば当然です.とくに,質の悪いテクストが多い現状では,自分でチェックするしかありません.

また,沢山の人が参加してくれると,2の作業が省略可能になるので,大いに助かります.デジタルの時代になって本当によかったです.私の本棚には,アナログ時代に現像した白黒写真アルバムがありますが,いまは,それを開く必要もなくなりました.

ニヤマンも,昔は一部の人しか読んでませんでしたが,最近は,読む人も着実に増えてきました.

もともとは,ヴェツラー先生が好んで読んでいたというのが大きいと思われます.

そこから,ハルや丸井先生に伝播.

サバティカルでハンブルクにいた丸井先生が,帰国後,ニヤマンを授業で読んでいました.(後に,彼の博論に結実.)

また,オックスフォード留学中,ハルとは,かなりのページ数を一緒に速読しました.

さらに,私の校訂作業を兼ねながらの,サンスクリット合宿でのニヤマン読書会.多くの人が参加してくれました.

私がばらばらと校訂したニヤマンのテクストは,授業でも使われたりしているようで,ラリーも,何かの機会には使ったりしたとのこと.ワンタームで読み切りできる分量ですから,大きいテクストを丸ごと渡されるより,学生も気が楽かもしれません.

私自身,ニヤーヤカリカーを授業で読んだことがあります.

須藤君,そこからニヤマンの棘の道へ.

討論術は,新芽を棘(いばら)で守るようなものですから,棘に相当します.
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  1. 2018/09/22(土) 11:50:28|
  2. 未分類

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