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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

Tabisuru kuuneru



よしおさん、インド旅行でOshoの話も耳に挟んだらしく、しばしOsho談義。

Oshoといえば、話題のドキュメンタリーがあります。

アレックスに前回カンボジアであったとき、英語人同士は、その話でしばらく盛り上がっていました。

単に時代の問題で片付けるのではなく、若者が何に熱狂し感動するのかという観点からも、興味深い事象です。

特に、60年代、70年代のインド哲学プロパーの西洋人の場合、入り方としてはヒッピーからが多いので、その点からも知っておいて損はありません。

もう1つの重要な入り方はラテンギリシャの古典語からの延長というもの。

全く異なる2つの潮流が混ざるところに、実は、少し前の西洋の狭義のインド哲学プロパーのエートスがあります。

日本の場合は、全然違います。

まずは仏教。

それに、戦後の喪失感、虚無感。

日本の狭義のインド哲学、仏教論理学、ダルシャナプロパー(特にプラマーナ論)の根を考えるとき、宇井(1882年6月1日 - 1963年7月14日)から中村(1912年11月28日 - 1999年10月10日)につなげるよりも、宇井から梶山(1925年1月2日 - 2004年3月29日)や服部(1924年7月8日 - )への飛び火を考えたほうが、現代への連絡からは正解の気がします。(いまは、山口、長尾という、インド仏教の中観唯識の論書の系譜は措いておきましょう。また、フラウワルナー(December 28, 1898 – January 5, 1974)やトゥッチ(5 June 1894 – 5 April 1984)経由の逆輸入という観点も、年代差を考えると必要かもしれません。)

それは、辻から京大ヴェーダ学への飛び火とパラレルに捉えられる気がします。

すくなくとも現代のダルシャナ研究の若手に、中村の影響を見るのは無理があります。



とはいえ、このようなものは、隔世遺伝や飛び火や復興や見直しが常にありますから、次の世代に、木村(1881年8月11日-1930年5月16日)や中村の遺伝子が受け継がれる可能性のあることを否定するものではありません。

ともあれ、親切な入門書や指導があれば、後代への波及は広がります。

本邦のジャイナ研究(特にその論書)といえば、宇野淳の影響を考えねばなりません。

ニヤーヤも。

わたしも真っ先に、宇野先生のタルカサングラハで自習しました。

誰かさんの論◯◯滴注訳が全く役立たないのとはえらい違いです。

哲学思想は、原文をちゃんと理解してから訳しましょう。

あとは、難解な箇所を誤魔化さないこと。

逃げの一手で、自分が分からないところは放置というのを目にした時の落胆といったら。

昔の偉い先生の偉さの内実は、我々の分野では、残念ながら、そんなものです。

誠実な研究者は、その点、違います。

そして、誠実な取り組みのパッションこそ、遺伝の重要な契機となります。

そこを忘れては、教育や研究の意義はないでしょう。

古典インドの儀礼学なので全然分野は異なりますが、永ノ尾先生に修士から親しくシュラウタを習えたのは幸せでした。

誠実さと情熱と体力努力。

斯界の着実な発展ということを考える時、この3つは欠かせません。

敵は欺瞞と私利私欲と権力による搾取や楽したろう精神になるでしょう。

プラボーダチャンドローダヤのような寓話でも書けそうです。
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  1. 2019/05/12(日) 08:50:51|
  2. 未分類

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