FC2ブログ

Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

リテラシー



昨今はリテラシーと称して,それ用の授業も設けているようですが,見るところ,小手先ラーナー向けの授業が多いという印象をうけます.

結局のところ,リテラシーとは,王道の学問がこれまでやってきたように,資料批判の態度のことでしょうから,これまでと同様,実践を通して培われるべきものでしょう.

それは,古典に取り組んだりの中から自然と学ばれるべきものということになります.

とりたてて目新しいものではありません.

リテラシーという呼び名が新しいだけで,別に指示対象にかわりはありません.

また,対象が日本語ソースだけに限られていれば,そもそも話になりません.

同じような情報ソースと,同じような思考の人間(現代の日本語人)が書いたものばかり読んでいれば,頭が限られ,または,毒されるというものです.

夜郎自大がまた一丁出来上がるだけのことです.

世界国家を大上段から論じる御仁は,案外,外国語を知らなかったりします.

確信に満ちて断言したほうが説得力がましますが,情報遮断のほうがむしろ,確固とした信念の確立には役立ったりします.

「~主義」「~イズム」というのは,往々にして,凝り固まった狭い信念から生まれたりします.(もちろん,外から眺める思想史家としては,それぞれをラベルづけするのは重要なことです.)

また,馬鹿の一つ覚えのように特定言語を押すのも,なにかのコンプレックスの裏返しなのでしょうか.

よっぽど苦手意識があったのでしょうか,自分ができなかったからと言って子供に勉強を押し付ける親御さんのようで,苦笑を禁じ得ません.

情報リテラシーを標榜するならば,情報ソースは多いに越したことはありませんし,多種多様な思考背景・利害をもったひとたちの情報にアクセスすべきでしょうから,まずは,外国語――英語は当然なので英語以外も――をまなぶにしくはありません.

もちろん,現代だけでなく過去からも.

振れ幅は大きい方がいいでしょう.

まったく考え方の違う時代・場所のひとたち(しかも優れた知識人)から,その思考法を学ぶことは,最高のリテラシー教育といえます.

そして,過去ということになれば,当然,多くの人が継承してきた古典ということにもなり,古典語の学習も必要ということにもなります.

たとえば1500年前の人間,しかも,日本語ではなく,サンスクリット語など.

かれらもまた,自分が母親と喋っていたのはサンスクリット語ではなく地方語だったでしょう.

様々な背景をもった往時のインド文化圏の知識人が,サンスクリットという雅語を共通語としてやりとりしています.

情報ソースとして多様性,厚みに富んでいることはまちがいありません.(もちろん,サンスクリットのような文献をものしたひとは市井の人,というわけではありません.あくまでも,往時の知識人や有力者などということにはなります.声なき民衆の声はそもそも聞こえません.資料限界はいやおうなくあります.)

サンスクリット文献学習はリテラシー教育の実践である,といって間違いないでしょう.

しかし,早い安いを求めるのは世の常.

即得往生したいのは誰しも同じ.

お手軽にリテラシーを身に付けようなどという浅ましさは誰の心にも巣食うもの.

だれしも「楽しよう根性」はもっています.

84000の法門を一行に縮めて見たり,あるいは,複雑な曼陀羅もごくごく単純な曼陀羅に縮めて見たり云々.

お手軽で短い方が好きなのは誰しも同じ.(大衆化という意味で,常に,それを意識することは,マーケッターとしては重要ですが.)

「これで健康に」と言われれば,単一の健康食品に飛びつくのと同じ心理です.

リテラシーも,日本語の授業でお手軽に身に付けば楽なものです.

しかし,さっと学んだものはさっと抜けていきます.

ざらざらとした苦労をしてこそ身に付くものがあります.

語学もそうでしょうし,批判の態度というのもそうでしょう.

リテラシーとは態度であり,身に付けるべき習慣のことですから,聞・思・修の修が必要となります.

座学の聞だけで身に付いたら苦労しません.

楽して儲けることを是とする風潮のなかでは,面倒な古典語や(英語以外の)外国語をやるひとはますます減るでしょうが,リテラシーということを考えれば,多様な情報ソースへのアクセスという点で,まったく逆行する態度だといわざるをえません.

目標と行動とがちぐはぐだ,ということです.

リテラシーでも何でも,楽して身につけば苦労しません.

お手軽なリテラシー教育を標榜するなら,ガマの油売りの香具師とかわりありません.

一定規模の大学ならば,第二外国語,第三外国語,古典語を提供するという矜持は守る必要があるでしょう.
スポンサーサイト



  1. 2019/08/26(月) 07:35:22|
  2. 未分類

プロフィール

Aghora

Author:Aghora

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する