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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

Ofuse towa nanika?

みなさん,お金がなくなってきたから,お布施(あるいはその相場)が低くなってきているのでしょうか.(いや,それだけではない,というのが以下.)

対価としてのお布施.

何に対する?

当然ですが,目に見えるものと目に見えないものとの対立で言えば,宗教行為において重要なのは,目に見えないもの.

末木先生の強調するところの冥のほうでしょう.

つまり,いままでは,来世での昇天(あるいはそれと類比的に捉えられた極楽往生など)にたいして対価としての大枚をはたいてきても惜しくはなかったわけです.

しかし,来世(あるいは涅槃を含むあの世)を信じないような世の中になれば,当然,この世の目に見えるものだけに対する対価ということになりますから,しょぼい儀礼にはしょぼい対価が相応,ということになります.

逆に,目に見える効果には,それ相応の対価ということになります.

医療がその最たるものです.

みんな大好きノーベル賞のY中先生.

現代の(目に見える)救済者なわけです.

Q大も医療による救済行為のおかげで,立派な講堂(どこぞの元社長さんのS木さんの立てたS木講堂)が立ちました.

目に見える「救い」と目に見えない「救い」のうちから,目に見えない「救い」がなくなったのが現代日本.

当然,目に見える戒名に差を見つけたり,お願いするお坊様の数くらいしか差別化の方途がなくなってきてしまいます.(馬場ちゃん言う所の,現世内で完結する厳罰主義というのも,プラス効果(福徳)とマイナス効果(罪悪)のうちの,マイナス効果――罪――の話で同じ構造です.)

まあ,一般家庭ならお呼びするのは一人が普通でしょうから,そこには差のつきようがありません.(ダライラマ猊下クラスの見るからに高貴なお坊様ならいざしらず,普通,そこらへんにお呼びするお坊様で,高貴かどうかの差が見た目でつく人は稀でしょう.)

また,お経の短長などに大した違いは見いだせないでしょう.(Mは声がいいので,人の寺のお助け出張で行ったりすると人気だったそうですが.)

結果として,目に見える,はではでDJ法要などに活路の方向性を見出すということになったりします.

ともあれ,目に見えないものを信じない場合には,大枚をはたく甲斐もなくなるというもの.

というわけで,価値をあげるには,目に見えないもの,つまり,来世を信じましょうというべきなのでしょうか.(かつてのように,グロい地獄絵図をこれでもか,というくらいに子供のころから刷り込むか,また,生まれ変わりの物語や本生譚をあれこれとしないといけません.)

望みは薄そうですが.

というわけで,ともあれ,現実分析としては,目に見えないものを信じなくなると,当然,目に見えるものの対価としてお布施を捉えるということになり,当然,目に見える部分に相応して値段が決まってくる,ということになります.

つまり,単なる普通のサービス商品(たとえばマッサージや医療行為)とかわりがなくなってしまうわけです.

マッサージ行為それ自体には大して差がありません(あるいは差の訴求能力がない)から,なんとか,アロマだったり建物だったり雰囲気だったり言葉遣いだったりと周辺で差別化を図って値段をあげるのが常套手段.

しかし,お寺ならいざしらず,昨今の街中の祭礼場だと,その差もつきにくくなってしまっています.

ともあれ,目に見えないアプールヴァを信じなくなったら儀礼もおしめーよ,ということなのでしょうか.

シヴァ教のタントラ儀礼が流行りだす一方で,ヴェーダ祭式もすっかりすたれて商売あがったりのヴェーダ儀礼家や,それを理論的に支えたミーマーンサカも,きっと,同じ悩みを抱えていたのでしょう.

「きょうのダクシナー低いなー」などと,古のバラモンもぼやいていたのでしょうか.

ミーマーンサカのルサンチマンなどと題した論文を書いたら,北米なら受けそうですが.

ちなみに,王権にとって宗教儀礼は権威づけという目的があります.

つまり,それ相応にぶいぶい言わせるという見栄の為,という明確な目的があります.

一種の名誉欲です.

しかし,ぶいぶい言わせる相手がいてこそ,名誉欲も満たされます.

田舎の閉じたコミュニティーであれば,ぶいぶい言わせるのもよし,すくなくとも,それ相応の儀礼を行う必要があります.

でないと,ケチとの悪評が流れるでしょう.

しかし,見栄を張る相手のいない都市部の孤立した住民にとっては,儀礼における名誉欲というのは,意味をなしません.

勢い,儀礼の簡素化という方向に流れるわけです.

目に見えない功徳も信じていないし,権威づけの効能も求めていない場合,ただの儀礼行為に,誰が大枚をはたくのでしょうか.
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  1. 2019/10/06(日) 09:26:47|
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