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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

陳那論理学研究

宇井→北川→桂と,決して一直線ではなく,ぐねぐねと来てますが,みなさん,いずれも,微に入り細に入り,実に些細なところまでよく考えてます.

非日本語人がここに追いつこうとすると,結構,大変かもしれません.

相違決定も,小野論文があるからいいものの,実際には,簡単に調べようと思っても,そうそう参考文献がある領域でもありません.

英語only人なら,きっと理解に苦労するでしょう.

この分野をやる場合には,日本語人でラッキーです.

にしても,サンスクリットでもここは難しいな,と感じたところは,北川も,チベット語訳でも難しくて意味不明だったらしく,「解読不能」となっていました.

とはいえ,サンスクリットだと,なんとか意味を通じさせることができた(と思う)ので,やはり,隔靴掻痒のチベット語訳よりは,全然たすかります.

ともあれ,北川訳,よくチベット(および註釈のチベット訳)からここまで細かく議論を再構成できたなと思います.

チベット語訳だけ読んでダルマキールティのアポーハを理解してしまうフワウワルナーも凄いなと思いますが,まあ,できるひとは,たとえそれが翻訳からであれ,眼光紙背,向こうまで論理が一貫して見えるのでしょう.

相当時間がかかることでしょうけど.

北川先生の本は,幸いにして,コピー製本ではなくちゃんとオリジナルの本でもってますが,これは,日本ではなく,むかし,デリーのモティラルの倉庫を漁っている時に見つけたものでした.

二冊在庫があったのですが,さすがに高いので,一冊しか買いませんでしたけど.

そのときは,後々読むことになるとは思ってませんでした.

ただ単に絶版だし貴重だから買っただけでした.

なにを後々使うことになるか,その時点ではわからないものです.

なんでもあるにこしたことはありません.

もっとも,最近は,PDFで多くのものが手に入るのも事実ですけど.

ともあれ,参考文献の言語制約の高さ.

北川訳を使わずに,ディグナーガの論理学をやるのは,さぞかしハードルが高いことでしょう.

Patrickも,日本語は使わないので,アポーハの先行研究は,さすがに日本語まで十分にはフォローしてないようです.(日本語人の友達づてで情報はあれこれと仕入れているのでしょうけど.)

しかし,仏教研究において日本語を使えないのは,結構,致命的でしょう.

アビダルマで日本語使えなかったら,ほぼ,終わりじゃないでしょうか.
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  1. 2020/02/23(日) 23:53:09|
  2. 未分類

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