FC2ブログ

Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

祭りの後

タームが終わり,その間隙を狙ったかのように依頼で入ってくる査読書類複数も終わり,そのほか,成績入力やら必要書類やら,忘れてはならないことを忘れずに完遂し,ようやく「他者の為」のすべてから解放,なんとか,一週前から「自分の為」の時間をまるまる確保.

さえぎられることなく,自分の論文に久々に集中できました.

やはり,論文を書こうと思うと,中断されずに集中してできる時間が確保されているとありがたいものです.(なお,リレー講義の取りまとめ幹事役で,成績入力の訂正が,散発的に入ってきているので,週明けにやらないといけません.)

途中で,また一本,英語論文査読依頼がきましたが,さすがに,それまで受けていると自分の時間が完全に失われるので断りました.

いまくらいしか,自分の時間がないですから,すこしは勉強させてくれ,という気分です.(来週は来週で,また,委員会やらありますし.)

申し訳ないですが,人間誰しも限界があります.

かなり昔に9割書いたのをリファインして補足して,結論まで書き足して,さらに,微細な註をあれこれ打って,また,先行研究をチェックして,ということをするだけで,まるまる一週つかいました.

元原稿なかったら,いったい,どれだけかかったのでしょうか.

にしても,論理学関係は,煙→火だったりそうじゃなかったり,方向だけでもややこしいので,一度かいたものの細部が間違ってないかチェックするのに時間がかかります.

案外,否定が抜けてたりの小穴があったりして,ミスを見逃していたりするものです.

ともあれ,(立派な人の)先行研究の積み重ねの上にちょっとずつ研究が進歩していくものだということは,(立派な人の)先行研究を見る度に思います.

難しい所は誰にとっても難しいわけで,そこを丁寧に潰していくことで,後の人が頭を悩ませずに,安心して先に進めることができるようになります.

というわけで,難所から逃れるタイプのひとの論文は,先に進みたいときには,役に立ちません.

低い丘でハイキングしたところで,ヒマラヤ登山にとっては,何の練習にもならないのと同じです.

というわけで,分からないところは分からないと,潔く「解読不能」と標識立ててくれている北川先生は偉い.(ソクラテス的にも.)

格好付けの誰かさんなら,「……解読不能……」とも記さずに,すっと飛ばしていたりしますから.

分かってないのに分かった顔をしてる人が多いのは,どこの世界も一緒かもしれませんが.
スポンサーサイト



  1. 2020/02/24(月) 00:38:49|
  2. 未分類

プロフィール

Aghora

Author:Aghora

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する