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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

世界哲学史2

納富さんの論考(電子版)

アジアに目を向けても、インドの諸哲学は世界観と人生観を宿す宗教であり、実際に僧侶らが儀式を営みながら遂行する知であった。」

東アジアではなく南アジアでしょう.

また,バラモン家長のことを念頭に置いているならば,彼らは僧侶ではありません.

祭官とでもしておくべきでしょう.

また,バラモン出家遊行者のことを念頭に置いているならば,祭火を捨てていますから,ヴェーダ儀礼は行いません.

さらに,ミーマーンサカとヤージュニカの細分に見られるように,実際に儀礼をやる人と,教理を組み立てる人は別であるというのが普通ですし,現代から見ても,儀礼をやる人はそれ専門で,主に,教師のほうが教理担当というような役割分担があるように思いますので,あたかも,同一の主体が儀礼も教理もやるというのは,少し実情からずれる気がします.

もっとも,タントラの時代になれば,仏教タントラも含め,同一人物(アーチャーリヤ)が教理もタントラ儀礼も両方こなしていたと言っていいでしょうけど.

上に遡る部分に「私たちはここでも、西洋哲学を一つの基準として、それをモデルに他の哲学を語らざるを得ないディレンマにある」という記述がありますが,この記述は,まさにそのようなディレンマに陥った一例として使えるかもしれません.

キリスト教を念頭に,なんとなく類推で書いてしまったのでしょう.

ともあれ,編者になると,自分の知らない分野も何となくカヴァーして書かねばならないので,無理することになってやけどするので,大変です.

ともあれ,一般書は,誤解増幅器ともなりかねないので,念のため私的に指摘.

親切心で言及してくれた専門外のことをいちいち揚げ足とるのは,あまり素敵な行為ではありませんが.
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  1. 2020/02/25(火) 07:46:14|
  2. 未分類

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