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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

クリシュナの主宰神批判

『バーガヴァタ・プラーナ』(Bhagavata-purana)は,ヒンドゥー教の神話・古譚や各種の縁起を記す18大プラーナのうちでもヴィシュヌ派の聖典です.後9-10世紀,南インドで編纂されたと考えられています(J.L. Brockington. The Sacred Thread. Edingburgh University Press, 1981, 148).

「バガヴァーン」(Bhagavan)と呼ばれるヴィシュヌ神への信仰は古く,マディヤプラデーシュ州サーンチー近くのベスナガル(Besnagar)出土のガルダ柱碑文(Garuda pillar inscription)には,前2-1世紀頃,ギリシャ人の大使で「バガヴァーン信徒」(bhagavata)であるタッカシラ(Takhkhasila)すなわちタキシラ (Taxila)のHeliodora (=Heliodoros)がヴァースデーヴァ(Vasudeva)を信奉してGaruda柱を建てたことが記されています.

『バーガヴァタ・プラーナ』の第十巻は,なかでも,牛飼いのナンダとヤショーダーに育てられたスーパーベイビーにして,長じては牛飼い女と戯れるプレイボーイのクリシュナの武勇伝を綴る章で,ヴィシュヌ神話を歌う『バーガヴァタ・プラーナ』のなかでも最もメジャーな箇所です.

特に第十巻の29-33章は,クリシュナが牛飼いの人妻達(gopi)と戯れる様が描かれ,最も愛されてきた箇所です.1170年頃に著されたジャヤデーヴァの『ギータ・ゴーヴィンダ』を始め,チャイタニヤに始まるベンガルの熱烈なクリシュナ・ラーダー信仰において重要視されたきたこともあり,各種の注釈および現代語訳が残っています.

ヴラジャ地方の牛飼い達が崇めるクリシュナ神,その神話を『バーガヴァタ・プラーナ』は,『マハーバーラタ』の補遺である『ハリの系譜』(Harivamsa),および『ヴィシュヌ・プラーナ』に取材しています.

さて,『バーガヴァタ・プラーナ』第10巻24-28章は,クリシュナがゴーヴァルダナ山を持ち上げて,インドラが降らした大雨から牛飼い達を救った話を記しています.インドラへの祭式を始めようとしたナンダら牛飼い達を見て,クリシュナがその祭式を止めさせたのを怒ったインドラが,世界を帰滅させる雨雲を派遣して,雹(ひょう)からなる大雨を降らし,村を洪水に見舞わせたのです.

牛飼い達を説得するクリシュナの弁は,なかなか思弁的です.


聖なる神(クリシュナ)は言った.

10.24.13. 生類はカルマ(行為・業)により生まれ,同じくカルマにより滅する.楽・苦・恐れ・安寧に,同じくカルマにより[生類は]至るのである.

10.24.14. 他者のカルマの結果を決める主宰神なる何者かが存在するならば,彼もまた[結果を生み出すカルマを為す]行為主体を必要とすることになる.なぜなら非行為主体にとって彼(主宰神)はそもそも支配主ではないのだから.

10.24.15. この場合,各自のカルマに随う[だけ]の生類にとり,各人に本性上定まった[カルマ]を変更する支配力のないインドラ(支配神)が何になろうか.


ここでクリシュナが問題としているのは,世界の創造主にして世界の一切を司る主宰神(イーシュヴァラ)たるインドラと,各自の行為・業(カルマ)との関係です.

ウパニシャッド文献や,仏教やジャイナ教といった沙門の宗教の登場以来,各自の運命を決める行為・業(カルマ)の観念が体系化され,それにより生類が生まれ変わり輪廻するという思想がインドの宗教において支配的となりました.業・輪廻の観念の成立です.

しかし,業が全ての結果を左右するならば,運命を定める主宰神は無用になってしまいます.後代の神学者・理論家が苦労するところです.

業と主宰神との衝突は,後7世紀頃の聖典解釈学の理論家にして主宰神を否定する立場にあるクマーリラが次のように指摘しています.

『シュローカヴァールッティカ』「(語意)関係否定拒斥」章, v.72
もし,主宰神の欲求を[業開顕の契機と]認めるなら,それ(主宰神の欲求)のみを世界原因とすればよい.なぜなら,主宰神の欲求に[世界が]左右されるなら,業を想定するのは無意味だからである.


人々の運命を決めるにあたって,業と主宰神は理論的に両立しないとの指摘です.『バーガヴァタ・プラーナ』におけるクリシュナの発言は,直接あるいは間接に,クマーリラのこの指摘を受けたものと考えられます.面白いことに,クマーリラの主宰神批判の影響は,シヴァが直接に説いたとされるシヴァ教の聖典群にも見られます.たとえば『パラーキヤ』です.世界の創造主たる主宰神を一切否定するクマーリラの理論は,クマーリラ以降の神学者達に看過できない影響をもっていたことがうかがえます.

永遠の神とされるヴィシュヌやシヴァが,哲人クマーリラの書物を参照していたというのも,考えると面白い話です.
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  1. 2006/05/27(土) 17:41:03|
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