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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies




初心者が陥りやすい罠は、その箇所への後代の人の注釈や先行研究に引きずられてしまうこと。

まずは、テキストそのものと格闘すべきです。

後代の人のことは忘れて。

テキストそのものといっても、その当該の行だけでなく、前後、さらには、パラレル箇所など、同一著者
の当該問題への態度、あるいは、類似関連語彙の用例をくまなく検索すべきです。

それを忘れて、注釈に飛びついたり、あるいは、現代のパンディットのノートに飛びついたりして、それの議論に頭を悩ますのは順序が間違っています。

優先順位は常に、同一著者、次に、その著者に影響を与えたような先行著作、あるいは、同時代文献、次に後代となります。

いきなり、3番目に飛びついて、そこに限られた思考時間を費やして延々と議論するのは、見当違いです。

それらは最後についでに検討すべき事項です。

まずは、本丸を攻めるべきです。

注釈はその場で目に入るので真っ先に検討しがちですが、まずは、自身の目で前後を探して用例、平行句を検討すべきです。

自分が格闘することで、注釈者の意図も容易に理解できるようになります。

テキストAを検討すべき時に、延々とそれへの注釈Bの検討にページを費やし、読者も巻き込むのは、寄り道が過ぎます。

まして、注釈にもtextualな問題がある場合もありますから、程々にしておくべきです。

さもないと、いつまで経っても根本テキストが解明されないという無限後退に陥りかねません。

学部時代、サンスクリットを読んでいるのに、問題が出てくると前後用例など調べもせずに、チベット訳ばかり先生がひっくり返して、結局、何も解決しないまま、消化不良で終わってしまう授業経験を何度もしました。

高校生向けオープンキャンパスでも同じ構図が多々あります。

高校生が入ってきてくれたのに、「お茶」とか「お菓子」とか、あるいは、資料など周辺のことばかり気にして、肝心のお客さんとの会話がそっちのけ、というのは、オープンキャンパスホスト未経験の2年生が陥りやすい罠です。

大事なのは一人一人と個別に向き合うこと、という単純明快なことであって、お茶菓子ではありません。

人との会話。

それは、著者との会話においても同じことです。


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  1. 2020/03/25(水) 19:04:12|
  2. 未分類

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