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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

それぞれの事情



註釈者達も,著作(注釈)を著すにあたっては,それぞれの事情があるわけです.

先行する註釈に不満足である,あるいは,論敵に答えるためにアップデートが必要などなど.

原文から明らかに乖離した凝った注釈をしてくる註釈者がいますが,それも,さまざまな要請からきているわけです.

その事情を解きほぐす前に,「この註釈者は元の作者の哲学的な真意に沿う」「沿わない」などと哲学的に議論するのは不毛です.

それぞれの事情があるのですから.

AとBとがたまたま同じことを言っていても,その動機が全く違うことは多々あります.

これは,BがAの注釈家である場合でも同じです.

注釈Bを,Aの注釈としてだけでなく,Bの時代状況において捉え直すこと,そのような寄り添った視線が必要でしょう.

時代背景を無視してAとBの意見を哲学的に比較検討するだけでは,立体構造は見えてこないでしょう.

刑事裁判と同じで,動機の追及が重要です.

クマーリラ→ウンベーカ→スチャリタ→パールタサーラティ

というSV註釈伝統についても,このような心がけが必要でしょう.

どの註釈者が良い/悪いでは,重要なことが見えて来なくなってしまいます.

思想史のグルーブやうねりを捉えようとしない(お手軽な)研究態度については,重々用心すべきでしょう.

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  1. 2020/04/21(火) 07:37:28|
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