Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

Vallabhadevaさんもお怒り

詩聖カーリダーサの有名な『雲の使い』.

毘沙門天(多聞天)の手下の夜叉が仕事のへまからチトラクータに左遷されて,遠距離の妻を思って雲にメッセージを託します.

http://en.wikipedia.org/wiki/Chitrakuta

一番古い註釈にヴァッラバデーヴァによるものがあります.

注釈者はカシミール出身.10世紀前半頃.

幸い,Hultzschによる優れたエディションがあり,ストレス・フリーで読みとおせます.

カーリダーサの詩節の第二番目に異読があります.

まず,ヴァッラバデーヴァさんは,

「アーシャーダ月の終わりの日に(praśamadivase)」

という読みを念頭に置いています.

いっぽう異読に

「アーシャーダ月の始まりの日に(prathamadivase)」

というものがあります.

この異読にヴァッラバデーヴァさんも気が付いていたようで,次のようにコメントしています.


いっぽう或る者達は,śaとthaとが文字が似ていることから,誤って,[praśama(終わり)を]prathama(始まり)だと言っている.

そして,何とかかんとかして,その意味で理解している.

しかし,雨季が始まっているのだから,[アーシャーダ月の]最初の日というのは,全く矛盾している.

kecit tu śakārathakārayor lipisārūpyamohāt prathama ity ūcuḥ kathaṃ kathamapi caitam evārthaṃ pratipannāḥ. varṣākālasya prastutatvād ādidinam ity etat tv atīva viruddham.



praśamaと読むか,あるいは,prathamaと読むかという違いです.

アーシャーダ月(6~7月)の終わりなのか,始まりなのか,という意味の違いになります.

カーリダーサの文脈上,雲がやってきているのですから,雨期が始まっていることが必要です.

つまるところ,ヴァッラバデーヴァの言い分は,

「アーシャーダ月の始まり,つまり,6月15日頃には,まだ雨季が始まっていないのだから,「始まり」という読みが正しいわけがないではないか」

というものです.

モンスーン地図を見ると,カシミールは確かに遅いようです.

http://www.mapsofindia.com/maps/india/southwestmonsoon.htm

しかし,ウッジャインや舞台のチトラクータあたりは,ちょうど雨季の始まりになっていますから,「始まり」でも問題なさそうです.

まして,南インドとなると,6月頭から始まっています.

prathamaと取りたくなるわけです.

ヴァッラバデーヴァさんも,地方差までは考えなかったようです.
スポンサーサイト
  1. 2010/04/04(日) 12:05:12|
  2. 未分類

プロフィール

Aghora

Author:Aghora

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する